社団法人 日本建築家協会(JIA) 世田谷地域会

シンポジウム「半世紀を迎えた世田谷区民会館+区役所庁舎」Part3 記録


平成20年12月21日の第2回シンポジュームに続いて、第3回のシンポジュームが、2009年5月16日(土)に、世田谷区民会館・区庁舎に隣接する国士舘大学の多目的ホールで行われた。


シンポジウムチラシ

シンポジウムの様子

今、区庁舎で何が起きているのか

再生案のコンセプト

再生案のコンセプトスライド



(1)JIA世田谷地域会代表挨拶・小林正美氏(JIA世田谷地域会代表)
 小林代表は、JIA世田谷地域会が5,000人の会員を要するJIAの下部組織として、我々が住み或いは働いている「世田谷」という地域の為に役立つ働きをしようという共通の意志の元に、「学校での空間ワークショップ」への協力、区内の良い景観や資産を確認する為の「街歩き」等をしてきていること紹介しながら、区が現在改築を企画している「世田谷区民会館・区庁舎問題」について、建築を専門としている立場から、「区の行政府の在り方」も含めて良く勉強しようというシンポジウムの意図を紹介した。また、第1回(サービス対象人口が15万人から80万を超えた現在の問題点・使いにくさの行政側の指摘に対して、維持管理への愛情の無さがあるとの反論)、第2回(古くても文化的に大事なものを残し後世に伝えることの大事さを林望氏松隈氏林泰義氏等が英国での事例紹介を交えて語る)とシンポジュウームを開催して来たことを紹介され、今日は篠田監督及び藤岡先生のお話に加え、改修+増築の提案もしたいと挨拶された。
(2) 「前川国男の1959年」 映画監督・早稲田大学特命教授の篠田正浩氏
 世田谷区民会館完成の翌年1960年に監督になられた篠田正浩氏は多くの建物を映画の中で造って来たと話始められた。監督は、古い表現手法を破り、大島渚、吉田喜重氏と共に常に新しい手法で映画をつくることを指向された方である。「映画の中での建物は演じられる人間の所作の背景である。大事なのは人間であり、場はヒューマンスケールである。人間の所作の要求にあった場面として建築が存在する。モダニズムという思潮はその新しい発想の故に、ポピュリズムを始め、常に改革の嵐の洗礼を受けねばならない」として、1969年に監督された映画「心中天網島」での美術粟津潔、竹満徹音楽の「男女のからみのシーン」の演出の新しさを紹介され、同時代に出現したブラジルの新首都ブラジリヤ(1960)、建築では、坂倉準三の神奈川県立近代美術館(1951)、丹下の広島平和記念資料館(1952)、短歌では前衛的な寺山修二の出現等に、刺激を受け、古い時代を破ろうとするエネルギイを感じはしたが、映画ではなかなかモダニズムが受け入れられずに苦労した。
 前川の作品は、コンクリート打ち放しの広く大きい空間は時間や伝統を超えている感じを持つ、モダニズムは知的だが、機能は永遠ではない。バリヤフリーといった概念は、1960年代にはなかったろう。建築はモニュメントではない。主張としての民主主義とヒューマンスケールな空間を保ち、今日的な課題を克服し伝統を破壊しなければならない。
我々が生きている時代はどんどん変わって行く、戦前と戦後という大きく変わった二つの日本の中で、ともすると、認知症に陥る。生きた時代を正確に復元する手段として、CGを駆使した例として、「あかね雲」(1967)、「スパイ・ゾルゲ」(2003)が紹介された。時の流れの中で対立関係にあった「吉田松陰」と「井伊直弼」が世田谷でごく近くに祀られたりする。
 人間の生活を反映している「街の表情」として、世田谷に9階建てが似合うか。人の生活、記憶は変わっても空(お天道様)は変わらないし、変えてはいけない。日本郵政の表は既存を残しながらの裏は超高層、そして六本木ヒルズもヒューマンスケールとして戴けない。空(スカイライン)は大事と思う。

(3)「戦後の近代建築の好例としての世田谷区民会館・区庁舎」藤岡洋保氏(東京工業大学大学院教授・建築史)
■ はじめに
 区民会館、第一、第二庁舎、共通して、先ず機能的、民衆への対応(サービス)の具現化、新しい技術(テクノロジー)の導入、伝統を如何に取り組むかと云う四つの課題が見て取れる。又この時代の建築観は西洋の知性、強い倫理観に依っていた、前川はジョン・ラスキンの「建築の七燈」を愛読していた。中世主義とも云われ、建築が建ち続ける責任、社会的な知性を尊重し、正直に素材感が表現されることを良しとした価値観であった。テクノロジー尊重は、近代建築に登場したカーテンウオールの出現におよび、打ち込みタイルに代表される建築の長寿命化の志向へと変質する。近代建築(モダイズムの建築)とは合理主義(理にあうこと)であり、前川は近代化を前向きに受け止めた建築家であった。具体的には線や面、抽象的な要素の構成で美はつくられ、構造や材料の機能の正直な表出、プレコンのような新しいテクノロジーであった。
■ 建築概要:略 (配付資料)
■ 区民会館の特徴:
 オーデイトリューム、集会室、食堂、図書館の複合建築であり、民衆の為に、どこからでもアクセス出来る広場がこの計画の要点である。新しいテクノロジーとしては、プレキャストコンクリート(手摺)、及び折版構造の採用である。
■ 第一庁舎の特徴:
 二階吹き抜け、そこにある客溜まり、構造体そのままの表出
■ 第二庁舎の特徴:
 三列型の平面形、区民重視の発想、議会通路の議員専用の廃止。
■ 前川国男の建築観:
 「機能」「民衆」「技術」「伝統」など都道府県庁舎では地方自治のあり方を体現すべきもの、区民にとって親しみやすい、公共建築として大事な広場、民主主義の具現化、最新のテクノロジーの活用。
■ 前川国男のデザイン手法:
 複数のボリュームによる非相称に構成する。バンコク日本文化会館二等案(1945)に非対称の先例がみられる。建築は社会的資産であるべきとの中世主義的側面を持ち続けられた。
テクノロジカル・アプローチとしては、鉄骨のラーメン構造、前提としての全溶接、プレキャストコンクリートにみられる乾式工法、汎用性のある技術の指導普及に努力された。
■ まとめ
 PC部材の使用した世田谷区立郷土資料館を示しながら、経済性、メンテナンス性能において、汎用性があっつて、資産として社会に奉仕することを重視すること。建築は時代の制約を受けるが制約を認識した上で、その枠内で提案されたことに共感し、その価値を後世に伝えることが重要。「残すことは造ること」「先人に経緯を払うこと」「使い続ける可能性を探ること」が大事と話を結ばれた。


(4)「使い続ける可能性について」鰺坂徹氏(JIA世田谷地域会)
 区民会館・区庁舎改築問題の経緯を説明した上で、区の提案に反論するかたちで、次ぎに掲げる五つの原則を前提とし、6冊の区の報告書に詳しく意見を加えながら、区民会館、第一庁舎を残し改修し、区案の延べ面積を4階建てで増築し得る再生計画を説明された。
■ 全体事業費の抑制
■ 使い続けることが最も地球環境に貢献する。
■ 抜本的な改修により既存の庁舎を新築と同様の機能に向上させる。
■ 記憶を継承する。(景観の継承)
■ 周辺環境への影響を最小にする。
  

■ CG・模型制作に協力してくれた国士舘大学学生から一言
 国士舘大学の学生として、大学の目の前にある世田谷区庁舎が変わるということで、何かしら関わっていきたいと思います。
 世田谷区民で区民会館で成人式もやりました。
 建築学生として、この区庁舎に関わり、残してほしいと思います。一般の方の意見を聞くことは建築学生にとっても大変勉強になるのでぜひアンケートの協力をお願いします。
  

国士舘大学修士2年:菅原弘允、日暮正浩、修士1年:北見友太、清水佑紀  



(5)パネルディスカッション
  

野沢正光氏        小林正美氏          篠田正浩氏      藤岡洋保氏        松隈洋氏        鰺坂徹氏


    野沢正光(建築家,JIA世田谷)
    篠田正浩(映画監督)
    藤岡洋保(東京工大大学院教授)
    松隈 洋(前川事務所OB,京都工芸繊維大教授)
    小林正美 (建築家,明治大学教授)、JIA世田谷)
    鰺坂 徹(建築家,JIA世田谷)
 
世田谷地域会会員で前回司会を勤められた野沢氏の司会で、各講師の話を要約された上で、改築でなく改修案提出までの物語を紹介して欲しいと鰺坂氏に聞くところから議論が始まる。
鰺坂
 平成16年から6冊の報告書が出され、調査がいろいろ行われている。先ず、問題点(バリヤフリーや庁舎機能について)のリポートに着目した。又、候補地も現在地を含めて6カ所が検討されて、現在地建て替えが最適と結論付けていることを受け、現状の問題点を解消しながら、現在地で、低層構成での改修増築案を検討しようとする気になった。
野沢
 視点の一つに零カーボンとして、長期に使うことに関して「国土交通省や市民参加の視点がないのでは、二つ目に文化歴史の継承に関して評価がない。三つ目に区庁舎について9階建て案に代わる提案はあるが、区民会館に代わる提案の中身が少ない。
又、スケジュールの上で大変厳しいのではないか。
  

小林
 小津安次郎の描く障子、唐紙、屋根瓦、ビルの窓などのモンドリアン風の構成との重なりを考えると、新しい文化や機能は修正の嵐を乗り越えられる。機能的には勝ち目がある。しかし、役割はもっと多い。丹下健三は自分の作品に拘らなかった。壊されても平気な面があったが、今回の場合は何を残すのかが重要であろう。「非相称性」「広場」「欅の木を含めたスカイライン」がシエナのカンポ広場のように大事ではないか。
  

松隈
 5月30日から坂倉準三没後40年記念展示会が鎌倉で始まるが、街の中心に広場があるといった中世主義的な伝統を引きずるモダニズムは形骸化してしまったのではと思う。住宅団地などに出来た広場は儀式性がなく使い方が未熟なのではないか、お金のない中で広場を大事にということの説得性が疑問。モダニズムはその時間的な体験の新しさが求められている。
  

野沢
 世田谷は人口が15万人から80万人と増える経過の中で、第一、第二、第三、分庁舎と増築を重ねて来た。世田谷区役所の分権化、もしくは別の場所への移転の可能性はどうか?改めて人口80万人の区庁舎が此処で良いのか?又その理由は?
シテイホールや式場の分散化の必要性は?
藤岡
 社会が建物を造る面がある。同じ区民の目線で建物が出来ている。子供が階段手すりを「すべり台」として遊んでいたので注意したら、「これは皆の税金で出来てるんだろう」と「皆のもの」との反論が帰って来た。「皆のものにする工夫」の必要性がある。
篠田
 坂口安吾は新潟の出身で、「日本文化私観」なる書物の中で「小学校の頃、万代橋という木橋が壊されて鉄橋になった時、誇りがなくなるとか、身を切られるとか不思議な悲しさがあったが、今では鉄橋になったことが当然のように思える。日本本来の姿より便利な生活「生活の必要」が大切である。京都や奈良の寺より、交通機関やエレベーターや電車の方が必要である。生活が滅びない限り独自性は健康である。何故なら我々自体の必要と必要に応じた欲求を失わないからである。」と情景や景観への評価の変わり易さを、同時代に相対立した吉田松陰と井伊直弼が世田谷の近接した場所で祀られていること等をも例に挙げて、評価の危うさの指摘をされた。前川国男は幸せ者である。世田谷の諸運動の通り道である世田谷通りを是非区役所の広場につなげて欲しい。
藤岡
 戦後の民主主義、そして区役所のあり方を考える、行政はどうあるべきか 区役所改築のうらにあるべきポリシイは何なのかを考える必要がある。
  

小林
 デモクラシイ、市民サービス、80万人の住民、特別な産業はなく、あるのは商業のみ、緑地等を考え「分庁舎サービスを向上させる」べきと思う。
野沢
 鰺坂氏の説明、配付資料、ホールにある模型等で再生計画への意見を
松隈
 広場を生かす意味でアプローチの抜けがない。
奥村(元前川事務所OB)
 早や私は80歳になった。区庁舎を必要に応じて第四、第五・・第八と増やして行けばよいのではないか。惨憺たる補修をして建築を駄目にしている。国土交通省主導の設計入札制度がこうさせている。
奥平(元前川事務所OB)
 このままで良いとは云えないが、区の審議会にたたき台として出して、これを元にコンペをするように
野沢
 モダニズムの上にポピュリズムが重なって現状はひどく改悪されている。土俵をきれいにする必要がある。9階建てのコンセプトは何?提案的に戦略的に。

小林
 関わっている「下北沢再開発」では、車が入って来ない良いところとの評価があるにも拘わらず、行政は巾広の都市計画道路を入れてこようとする。記憶・風景は住民にとって共有財産である。篠田監督が紹介されたCG(万世橋等)は素晴らしい。共通財産である記憶が壊されることは問題。
野沢
 その意味では、この区民会館で、成人式を挙げた人、結婚式を挙げた人達は沢山居るはず、広報の必要性がある。
鈴木(地元住民)
 議論されるような良い記憶を必ずしも自分は意識していなかった。「そんなに素晴らしい区役所だったのか」殺す側殺される側の豪徳寺と松蔭神社を尊敬する人がいてもそれはそれで良い。日本の近代は、西洋への「あこがれ」と思う等。多弁。
野沢
 指定管理者制度は人を区民会館から遠ざけている。施設を悪くさせている。ポピュリズム?
篠田
 グローバリズムの時代というが、建築のモダニズムが美学として人を惹き付けるものだけが生き残る。Chance Operation
(偶然性の音楽:竹満 徹)衝突。今は盛り場の三軒茶屋、知的映画労働者の拠点であった砧などアクセスによって文化産業は影響を受ける。(東宝と松竹、梅田と宝塚、東映など)民主主義、広場(ルネッサンス)モダニズムとポストモダニズム、人間の歴史のフレキシビリテイ、ダイナミズム等「みち」「広場」の景観があるべき

野沢
 工夫の必要性、多様さ、自在に考えよう。「スカイライン」「松蔭神社と豪徳寺」等
在塚(建築家、審議会委員)
 審議会の意見はせまい。分権化を誘導しようとしたが困難でコンペにで精一杯。
第2回のシンポジウムは、区民会館を借りて行われたが、区民会館指定管理者の融通性の無さの故にパネルデイスカッションが途中で止めざるを得ず。今回は区役所に隣接する国士舘大学の多目的ホールを借用して第3回のシンポジウムが行われることになった。事前のビラ郵送、ビラ配り等の努力にも拘わらず150名程度の参加であった。区民の関心は未だ高まったとは云えない。
 モダニズムはその新しさの故に常に改革の嵐の洗礼を受けなければならないとして、懇親会の席で藤岡先生がいみじくも云われたモダニズムの持つ倫理観の「have to」から「can be」いう価値観に移行している現在、「新しい世田谷を造る」広い視点を持って、新しいCG等の技術をも駆使して、「区行政の拠点の在るべき姿」を「区民へのサービス向上を目指して」論理的に探求して行くとして、説得力のある方法を見付けられるだろうか。
  (田邊 峰雄)

以上、お疲れ様でした。